日本における住宅金融の経緯 ② 昭和後半~平成初期


■ 今回のポイント

  • 高度成長期が終わり、銀行は新たな収益源として住宅ローン分野に本格的に進出してきました。
  • 住宅ローンは、多数の小口融資であるからこそ事務集約・コンピュータ処理により効率化を実現しやすい特徴があります。

日本における住宅金融の経緯 ② 昭和後半~平成初期

風向きが変わり始めたのは昭和40年代終盤と50年代前半に相次いで起きたオイルショックの後からです。日本の高度成長期が終焉し、いわゆる安定成長期に入った頃です。産業資金需要が減退し、民間銀行は資金の貸出先探しに苦慮する時代となる一方、豊かになり1億総中流社会とまで言われるようになった生活者としての個人に本格的に目を向け始めたのです。昭和50年代を通じて、公庫融資は住宅ローン分野でガリバーであり続けましたが、銀行子会社であった住専のみならず、親会社である銀行本体も本格的に住宅ローンに参入するようになり、存在感を高めていくことになります。

昭和60年代に入ると、住宅投資は経済への波及効果が大きいことから度々景気対策として住宅建設促進策がとられるようになり、それに伴って公庫融資も従来の(住宅取得額の)80%限度から初めて100%まで拡充されました。また、民間銀行などでだぶついていた資金が不動産融資に向かうようになり、昭和末期から平成初期にかけてのバブル経済を引き起こし、不動産価額の急騰を招きました。ただこの時期における民間銀行・住専などの不動産向け融資は、エンドユーザー向けローンも伸びていたものの、商業ビル取得や地上げ資金供給の側面が大きかったのです。

平成3年後半にバブルがはじけ不動産市況が急落すると、住専が破綻し、次いで民間銀行でも不動産向け融資を中心とする不良債権問題が社会問題となり、いわゆる公的資金が注入される事態となります。こうした中で、公庫融資を中心とする様々な公的融資の原資となっていた郵便貯金の肥大化が進み、住宅ローン分野においても公庫融資による民業圧迫批判が強まっていきました。一方、産業資金需要の停滞が常態化する中で、多数の小口融資であるからこそ統計的にデフォルト率を想定でき、事務集約・コンピュータ処理により効率化を実現した住宅ローンは民間銀行などの戦略分野へと変貌を遂げたのです。

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