住宅ローンのプリペイメントリスクマネジメント ④プリペイメントによる逸失利益の分析

■ 今回のポイント

  • 全額繰上返済への対処策としては他行ローンを奪いに行くという戦略が成り立ちますが、一部繰上返済の場合は予防策・対抗策が立てづらいものです。
  • プリペイメントが住宅ローンの収益性に与える影響は、単年度ごとには大きなものではありませんが、得べかりし利息収入の喪失が翌年度以降に累積していくという点でボディブローのように累積収支を押し下げてしまうものです。
  • 住宅ローン推進にあたっては、許容できる信用コストの範囲内でより長期に借り続けてくれる顧客層を見つけ出したり、プリペイメント行動を遅らせるようなお客様とのリレーション施策やロイヤリティ醸成施策を講じることが必要です。

④プリペイメントによる逸失利益の分析

 前回、前々回と分析手法の紹介をしてきましたが、お話しの焦点をプリペイメントリスクそのものに戻しましょう。

 住宅ローンのプリペイメントには、お客様が残債務全額を期限前返済する全額繰上返済と残債務の一部を期限前返済する一部繰上返済があります。

 一般的に、全額繰上返済については、固定期間選択型ローンであれば固定期間の終了前後でプリペイメント率が跳ね上がる特徴が鮮明に現れます。本稿では5年固定のイメージグラフをお示ししましたが、3年固定であれば36ヶ月経過前後、10年固定であれば120ヶ月経過前後に山が現れるはずです。

 一方、変動金利ローンの場合はそのような規則性は見られず、むしろ市場金利が低下(新規の変動、固定いずれの金利も低下)したとき及び市場金利に先高観が出てきたときに多く発生するはずです。

 いずれも、既往の借入金利と新規金利の金利差がお客様を借換行動に駆り立てる結果と考えられますが、仮に今後、市場金利が先高に推移することになれば、固定期間選択型における全額繰上返済は急激に少なくなる一方で、変動金利型は固定期間選択型への乗換需要が急増することになるでしょう。

 その場合には、前回、前々回にお話ししたCox比例ハザードモデルやブーステッド・ツリーモデルにおいても、構築時に使用したデータ期間(10年ないし15年)では未経験の環境となるため、大幅な見直しが必要になる可能性が大でしょう。

 蛇足ですが、現在変動金利は1%未満が一般的で、期間固定選択型でも2,3年ものには1%を下回る商品が出回っていますが、このような金利水準だと所得税の住宅ローン控除制度との兼ね合いで奇妙なことが起こります。

 例えば、3,000万円の新築住宅を手持金1,000万円、住宅ローン(3年固定金利0.8%)2,000万円で建てた方は、住宅ローン減税制度により毎年末のローン残高の1%が所得税から控除できるので、少なくとも当初3年間は支払利息<所得税控除額(経済的利益を得る)となるのです。

 したがって、金利1%未満の住宅ローン商品なら、少なくとも適用期間中は繰上返済イベントは限りになくゼロに等しいであろうと仮定することが合理的です。

 さて、住宅ローンの収益性という観点からみれば全額繰上返済ほどのインパクトはないものの、一部繰上返済もプリペイメントリスクの分析対象となります。あるいは、全額繰上返済は、直接原因がローン乗換なのであれば逆に他行ローンを奪いに行くという戦略が成り立つのですが、一部繰上返済は余資を取り崩して早期返済に充てるという点で予防策・対抗策が立てづらいものです。

 最後に、プリペイメントが住宅ローンの収益性に与える影響をグラフ化したイメージで見てもらいます。

 棒グラフは単年度1千億円(4~5千戸相当)の住宅ローンを金利1.5%で貸し出す金融機関を想定して、収益性の経年変化をもっともらしく表現したイメージですが、ここでは利息収入や融資コスト(調達コスト+事務コスト+信用コスト)に比べてプリペイメントによる当年度の逸失利息収入は微々たる影響しか及ぼしていない(よく判別できないですよね)ように見えます。

 このグラフで読み取れるのは、融資実行年度から7,8年経過すると損益トントンとなって来て、その後はずっと単年度赤字となる傾向です。これを直接起こしているのは信用リスクマネジメントの稿で触れたデフォルトの期間構造と呼ばれる住宅ローンの特性なわけです。

 住宅ローン収益性の経年変化

 なんだ、プリペイメントは金融機関にとって大したリスクではないじゃないかと思われるかもしれませんが、上記グラフではプリペイメント発生年度のみの利息収入減を加味しているからです。

  次に、累積収支とプリペイメントによる累積逸失利益の推移を下図の折れ線グラフで見てください。

 プリペイメントによる累積逸失利益推移

 ここで累積収支は一つ前のグラフ中にある各年度の実質収支を積み上げたものです。一方、累積逸失利益とは各年度でプリペイメントされた債権が当初契約通りに存続した場合に得られたであろう【利息収入―調達・事務コスト】の総和です。プリペイメントされた債権は、存続していれば資力的には将来にわたってデフォルトの蓋然性が極めて低いと考えられるので、信用コストは加味していません。

 これを見ると、デフォルトの期間構造による累積収支の逓減もさることながら、プリペイメントによる得べかりし利息収入がいかに累積収支を押し下げているかが良くイメージできますね。

 以上から、住宅ローンを重点分野として推進するのであれば、プリペイメントの実態を分析しモデル化した上で、さらに信用格付けモデルとのクロス分析を行い、許容できる信用コストの範囲内でより長期に借りてくれる顧客層を見つけ出したり、プリペイメントを1年でも2年でも遅らせるようなお客様とのリレーション施策、ロイヤリティ醸成施策を講じることが求められるでしょう。

注:本稿で紹介したグラフは、すべて筆者の経験に基づいて想定データを作成し、そのデータをグラフ化したものです。

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